a maid and an old man ,Akihabara
captured with Gyazo.
わたし、かくありき。
この東京という街で、僕らはいつの間にか新宿まで~キロメートル、池袋まで~キロメートル、ではなく新宿まで~分、池袋まで~分、と距離を鉄道での移動時間に換算して思考している。ここではつまり、人間の思考回路上の「距離」が意味を失い「時間」に置き換わっているといえる。こうした現象は、なかなか他の街では起こりづらい。東京ほど面積が広い都市は世界でも珍しく、たいていの場合はここまで鉄道依存が強くないし、ある程度鉄道依存が進んでいても、実際の距離と鉄道での移動時間が極度に食い違うことは珍しいからです。そう、東京はおそらく世界有数の「地理」というものの意味が死んだ街だと言えます。
177 : 漢(大阪府) :2007/07/16(月) 01:07:45 ID:Yc7yJOkt0
どこの国の言語でもいいが、もし世界で言語が1つなら今頃車が空飛んで、185 : 整体師(東京都) :2007/07/16(月) 01:12:43 ID:1VBc1LFM0
月に基地があるほど世界は進んでそうだな。»177
キリスト教がなかったら科学の発展は1500年くらい早く進んでたとも言われるな
今回初めて聴いたもののなかでは、一柳慧の《東京 1969》が特にカッコ良かった。落語の「時そば」に始まり、ベトナム戦争のニュース、そしてバキバキに歪められたロックや演歌などがコラージュされ、そして「時そば」に終わる、というとんでもない作品なのだが、音源があったら是非とも手に入れておきたいものである。ビートルズの「レヴォリューションNO.9」と、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの「シスター・レイ」を足して二で割らなかった、ぐらいに素晴らしい。
東京空襲のあった当時6歳だったご老人とお話したんだけれど
「あの時は小さかったから日本が何と戦ってるか理解できてなかった。皆敵が来た、敵が来たとしか言わなかったし、山の向こうは真っ赤に燃えてるから、とてつもなく恐ろしい怪物なのだと。まさか人間と戦ってたとは」
て部分が一番印象深い
ご報告です。
吉幾三『オラ東京さいくだ』の歌詞を標準語に直すと、なんかすごく悲しくなることを発見しました。
それではお聞き下さい。
『私は東京に行ってまいります』
=====
テレビはありません。
ラジオもありません。
車はそれほど走っておりません。
ピアノもありません。
バーもありません。
警察官が毎日巡回をしています。
起床後、牛を連れて2時間強の散歩をいたします。
電話もありません。
ガスもありません。
バスは一日に一度まいります。私はこの村が嫌いです。
私はこの村が嫌いです。
東京へ行ってまいります。
上京したらお金を貯めて、東京で畜産業を営みます。そうしましょう
そうしましょう
そうしましょう、そうしましょう…
=====寺尾聡にしっとりとナレーションされたら泣いてしまうと思う。
夜中だから書いてしまえ。
バックパッカーをしている時、印パ国境付近とかでも
「俺は日本に行ったとき日本人によくしてもらったぜ。
だから日本人が好き」
ってカラチまで車で乗せてくれた人がいた。
中国の山奥で、日本語がしゃべれる老人に会ってお茶もらったり
東欧の端っこでも、日本人に世話になったからとシチュー
を大盛りにしてくれたり
大使館のない国でパスポートをなくした俺を、
必死こいて隣の国にある大使館まで連れて行ってくれたり
どれもこれも「日本人に助けてもらった・よくしてもらった」
という恩返しだったんだ。
外国人に親切にしてくれた名前も知らない日本人の誰か、
本当にありがとう。
あなたのおかげで俺は一度も犯罪に巻き込まれることなく
バックパッカーできました。
米「日本のロボット超カッコいいね!パシフィックリム作ったよ!」
日本「なぜ日本は負けたのか。日本のロボットものは死んだ!」
米「ふぁっ!?」
米「今度はベイマックス作ったよ!日本超クール!」
日本「なぜ日本はベイマックスが作れなかったのか。日本は死んだ」
米「ふぁっ?ふぁっ!?」
日本が世界に誇るべき日本人としての感覚というものがある。
謙虚さとか。
礼儀正しさとか。
勤勉さとか。
そういうのもあるけど。
僕がここで言いたい日本人感覚とはちょっと違う。
日本には美しい四季がある。
四季折々には伝統的な催事もある。
花見とか。
花火とか。
そういうのもあるけど
僕がここで言いたい日本人感覚とはちょっと違う。
花見や花火のときには『場所取り』という風習があるのをご存知だろうか。
日本では昔から希少な領土を争って戦をする文化があり
現代でも都心の不動産にとてつもない価格をつける習わしがある。
そういうのもあるけど
僕がここで言いたい日本人感覚とはちょっと違う。
花見や花火の場所取りにはレジャーシートやガムテープなどが使用されるのが一般的だ。
各自が思い思いの土地範囲に印を付け
自分のエリアであることを主張する。
そのガムテームが何を意味するか
ルール化されているわけでもないのに
また物理的な障害は何も存在しないのに
各々は暗黙の了解で他人の領域に足を踏み入れないように配慮する。
コレだ。
コレは外国人には解らない感覚だと思う。
例えば、お洒落な和風居酒屋に行ったときなどに入り口で
『あれ?ここって土足で入っていいのかな?』
と変な戸惑いを感じた経験はないだろうか?
コレだ。
コレは外国人には解らない感覚だと思う。
すなわち、結界。
日本の神社には
鳥居があったり
しめ縄があったり
境内に段差があったり
神様の世界と人間の世界の境界線を示すための工夫がされている。
日本建築にも
『いけがき』
『ふすま』
『しょうじ』
『ついたて』
『えんがわ』
『とこのま』
のような、空間を物理的に断絶することなく
やわらかく仕切る技法が数多く取り入れられている。
僕たち日本人は無意識にこれらを知覚することができる。
結界とはバリアではない。
バリア(barrier)の語源は棒(bar)で作った柵(ary)であり
物理的な障壁を示す。
日本の結界とは
店の入口にある”のれん”であったり、
神社にあるイナズマのような形の白い紙がくっついたワラのヒモであったり
もっとやわらかいもの。
日本人はそんなやわらかいもので
強い禁足領域を演出する。
文字通り『縄張り』だ。
こういった感覚をほとんどの日本人が無意識に持っている。
特別意識されることなく日本人の文化に自然に溶け込んでいる。
『正月になんとなく神社に詣でる感覚』
『神仏を粗末に扱ったときになんとなくバチが当たるという畏怖感覚』
『他人の使った箸がなんとなく嫌だという穢れの感覚』
ここでいう日本人とは、血脈という意味での日本人ではない。
日本に生まれて日本で育った人であれば
その風土から
建造物から
風習から
自然と身に付く感覚。
国はただの箱に過ぎないし
遺伝子が伝搬できる情報量は無限ではない。
その国に住み着いた人々が様々な方法で文化を継承し
脈々と伝えてきた感覚こそ他国に誇るべき感覚ではないだろうか
と僕は思う。
